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ドイツ人「日本人はエリート大学生でも議論ができない。主体性が無い。終わってるわこの国」 

 
1 名前:名無しさん@涙目です。(東京都)[] 投稿日:2011/09/13(火) 14:53:36.38 ID:DZbtnupT0 BE:1627979639-PLT(12000) ポイント特典

s1_20110913151929.jpg
  「早稲田大学で勉強してるときには、自分の意見を言う必要がない」と、
  カール・シュトゥッベ(Karl Stubbe)さんは語る。
  「学生に『じゃあ、あなたの意見を聞かせてください』と尋ねても、
  日本人は答えに困ってしまう」。
   
  日本へ留学した日本語学科の学生が語る:日本とは、電車に押し込められたり、
  大学生がルイ・ヴィトンのカバンを愛用してる国です。
  梅雨時の東京はものすごく暑くて蒸しています。
  北海道では6ヶ月も雪に囲まれて場所によってはスキーで登校。
  京都では教師がお坊さん。
  何処へ行けば良いのだ・・・?
   
  学生に人気もあり、大学は大繁盛。受験をするだけでも100ユーロは払わないといけません。
  日本の高校生は、同時に多くの大学の試験を受けるので入学前から親には高くついてしまうのです。
  予備校に行った場合はさらに何十万円と払う必要があるのです。
   
  親が頑張ってる理由は子供の将来の職業安定の為です。
  日本では教わった事よりもどの大学の出なのかで、職につけるかどうか決まるのです。
   
  昼休み後の講義室:講義が始まって15分も経っていないのに出席をとったら、半分くらいの生徒は早々後ろの
  出口から早退。また15分もすると所々から居眠りしている生徒の静かないびきが聞こえてきます。
  エリート大学がこんな物でいいのでしょうか?
  「報道機関と言うものは何んだと思いますか?」と、軽い気持ちで尋ねた教授。何故かどんなに待っても
  返事が無いので、さすがの先生も観念してしまいます。
   
  日本人が数学を得意とすることは有名です。
  しかし、主体性や、自分の意見を持ったりする事などは教わっていない様です。
  既に小学生の頃から、素直に自分より格上の人の教えを疑わず受け入れる様、教育されているのです。
 
  日本が好きな僕でも、さすがにドイツの大学がこの様に、名前ばかりのエリート大学とかにだけは
  ならないでいて欲しいです。
  日本では、明るい未来の為に、山ほどの出費が必要とされています。
  それを毎年、多くの親が思い知らされるのであります。
   
  翻訳元:http://www.spiegel.de/unispiegel/studium/0,1518,567401,00.html  
 
  http://blog.livedoor.jp/trans_vienna/archives/4442110.html  


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[ 2011/09/1315:26 ]カテゴリー『 日本人』 | トラックバック(0) | コメント(100)

アメリカ「働きまくって過労死するジャップってキチガイすぎワロタ」  

 
1 名前:名無しさん@涙目です。(チベット自治区)[] 投稿日:2011/08/09(火) 15:28:25.82 ID:mefy9tAQ0● BE:296691825-PLT(12001) ポイント特典

  「仕事に生き、仕事に死ぬ日本人」。1988(昭和63)年11月13日、米紙シカゴ・トリビューンはこんな見出しを
  つけ、日本の過労死問題を1面トップで報じた。
  海外メディアでは初めて、過労死を「karoshi」というローマ字表記で紹介し、「経済戦争の戦死者」として、
  その年の2月に過労死したある工場労働者を取り上げている。
   
  ベアリング大手「椿本精工」(現ツバキ・ナカシマ)の工場班長、平岡悟=当時(48)。
  63年2月23日夜、大阪府藤井寺市の自宅に戻って数時間後に、急性心不全で死亡した。
   
  中間管理職でありながら製造ラインに立ち、日勤と夜勤を1週間ごとに繰り返していた。
  度重なる早出と残業が加わり、1日当たりの労働は12~19時間。年始から51日間、まったく休みがなかった。
   
  作業着を脱ぎ風呂に入っても、体に染みついた工場の臭いがとれない。少しでも仕事から離れて仮眠してほしいと
  願った家族は、夜勤明けにクラシック音楽のコンサートに誘ったが、残業で行くことは叶(かな)わなかった。
  死の2日前のことだ。
   
  「狂信的な献身」
   
  シカゴ・トリビューンは記事の中で「労働への狂信的な献身が、日本を戦後の廃虚から世界で最も豊かな国に
  引き上げた」と、高度成長の負の側面として過労死をとらえていた。
   
  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110809/trl11080914240003-n1.htm  


 以下ネットの反応
[ 2011/08/0923:08 ]カテゴリー『 日本人』 | トラックバック(0) | コメント(20)

日本人のディベート能力の低さは異常、最早ただの.口喧嘩 

 
1 名前:名無しさん@涙目です。(dion軍)[] 投稿日:2011/07/20(水) 18:58:39.51 ID:wUUqxWAx0 BE:1640433986-PLT(12000) ポイント特典

  イギリスでの法学生時代から、ディベートがヘタクソだった私がこんなお題で書くのも「おもはゆい」が、先週からの
  お約束なので一筆啓上つかまつる。
  「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず(知彼知己、百戰不殆)。」
  魏武帝註孫子、巻上、謀攻編
   
   
  ディベートにしろ、ビジネスにしろ、もちろん「戦争」にしても、人と人とが競合する場合の真実を、中國の孫子サマは
  すでに2,500年前に喝破している。
  日本の書店で百花繚乱の「○○力」ハウツー本のたぐいのなかでも、ディベート力、プレゼン力、会議力、
  交渉力など、広義における「議論力」向上のスキル本は大人気とみえるが、その多くは、
   
  「NOと言わせない!」
  「必ず言い負かす!」
  「絶対の説得力!」
  「自分を売り込むセールス術!」
  「外国人に負けない!」
   
  などなどと、やたらと鼻息の荒い、謳い文句がオビを飾っている。
  しかし、孫子のジイサンの指摘を待つまでもなく、「議論」におけるはじめの一歩、基本のキホンは「説得」ではなく
  「理解」にある。
  むやみやたらに「言い負かす」だの、「売り込む」だのという行為は、「議論」ではない。
  みずからの主張の絶対の正統性を信じるもの同士が、ただ声を張りあげて、言い争うことを「議論」とは呼ばない。
  それは「折伏」という宗教活動だ。合理的な現代文明人同士がたしなむべき社会行為ではない。
  議論において相手を「理解」するということは、ただ単に、
  「こっちがこう言えば、向こうはこう言うだろうから、そこはこう反論する。」
  などという、議論上の戦術予想をたてることだけではない。
  「どのように論を進めるのか」という、いわば「口先だけ」の問題ではなく、より一層深いところ、つまり相手の
  反対意見が何に依拠しているのかを探ることが重要なのだ。
   
  http://news.livedoor.com/article/detail/5698635/  


 以下ネットの反応
[ 2011/07/2023:43 ]カテゴリー『 日本人』 | トラックバック(0) | コメント(53)


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